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前橋地方裁判所 昭和55年(ワ)179号 判決

原告

石原喜代子

被告

伊東利八

主文

一  被告は原告に対し、金五五万二八一〇円及びこれに対する昭和五五年七月一八日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一  原告代理人は「一、被告は原告に対し金二三七万七二八〇円及びこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和五五年七月一八日)以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。二訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  交通事故の発生

(1)  日時 昭和五三年九月三〇日午前八時四〇分頃

(2)  場所 佐波郡玉村町大字斉田四五番地先道路十字路交差点(信号機なし)

(3)  加害車両 普通貨物自動車(群四四ふ第三一二〇号)

運転者 被告

(4)  被害車両 普通乗用自動車(群五六ほ第六一〇八号)

運転者 原告

(5)  態様 加害車両(被告車)は西方より東方に向け右交差点を直進通過しようとし、被害車両(原告車)は南方より北方に向け交差道路を直進して右交差点を通過しようとし、被告車右側面と原告車前部が衝突した。

(二)  被告の過失は次のとおりである。

(1)  被告車進行道路には本件交差点手前に一時停止の道路標識があるのに、被告は一時停止をすることなく交差点に進入した。

(2)  被告車進行道路の制限最高速度は四〇キロメートル毎時であるのに、被告は時速七〇キロメートルで進行させた。

(三)  右交通事故の結果、原告は前頭部挫創及び両下腿挫傷の傷害を受けた。

(四)  右事故による負傷治療のため、原告は、多野郡新町所在野中医院において、次のとおり入院及び通院加療を受けた。

(1)  入院 昭和五三年九月三〇日から同年一〇月一〇日まで一一日間

(2)  通院 同年一〇月一一日から同月二三日まで(実日数一日)

(五)  後遺障害は次のとおり瘢痕を残す。

(1)  前頭部生え際に横走線状瘢痕五六ミリメートル

(2)  同有毛部に縦走線状瘢痕六三ミリメートル

(六)  損害(合計二四八万八五二〇円)

(1)  入院雑費六六〇〇円

原告は、入院雑費一日当り六〇〇円一一日間で合計六六〇〇円相当の損害を被つた。

(2)  休業損害九万一九二〇円

(イ) 原告は二九歳の家庭の主婦であり、昭和五三年度賃金センサスによる二九歳の女性の平均賃金は一か月一一万四九〇〇円である。

(ロ) よつて原告は、右平均賃金の二四日分に相当する九万一九二〇円相当の休業による損害を被つた。

(3)  慰藉料二三九万円

原告は慰藉料として金二三九万円の支払を受けるべき精神上の損害を被つた。その算出根拠は次のとおりである。

(1) 入通院加療分 三〇万円

(2) 後遺障害分 二〇九万円

原告の前記後遺障害は自賠法別表の後遺障害等級第一二級に相当する。

(七)  原告は自賠責保険金一一万一二四〇円を受領したので、これを充当した損害残額は二三七万七二八〇円となる。

よつて、不法行為による損害賠償として、右残額及び本件訴状送達の翌日以降の遅延損害金の支払を求めるものである。

二  被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因(一)項の事実は認める。

(二)  同(二)項中、(1)の事実は認めるが、(2)の事実は否認する。被告車は時速四〇キロメートルで進行した。

(三)  請求原因(三)項の事実は不知。

(四)  同(四)項の事実は認める。

(五)  同(五)項の事実は認める。

(六)  同(六)項(1)は認める。

同(2)の(イ)の事実は認めるが、(ロ)は争う。原告は、退院後は日常動作等全く支障がなく、実通院一日は症状の恢復状況を確認するためのものであり、休業期間は入院期間と合わせて一二日間をもつて足りる。

同(3)は争う。後遺障害は自賠責保険で非該当の認定がなされているものであり、慰藉料額は計八万円を超えることはない。

(七)  過失相殺の抗弁

被告は、時速四〇キロメートルで本件交差点を直進通過しようとしたものであるところ、交差点直前に設置された一時停止の標識に気づかず、また右方道路より接近中の原告車を発見しなかつた点に過失がある。しかし、被告は、交差点の手前約八メートルの地点で右標識に気づいたが、交差点の至近であつたため格別減速ないし停止せず進行したところ、直後に原告車を発見し、その直前を通り抜けることの方が衝突を避け得るものと判断して進行を続けたのである。

原告は、事前に本件交差点の存在を知り、被告車の接近を発見していたのであるから、原告車を徐行ないし減速させ、非常時には交差点手前で停止する等の措置を用意すべきであつたのに、被告車が道路標識に従つて一時停止するものと安易に速断し進行を続けたのである。

よつて、原告にも過失が存し、その程度は四〇パーセント程度である。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因(一)項の事実、同(二)項(1)の事実及び同(四)、(五)項の各事実は当事者間に争いがない。

成立につき争いのない甲第六号証の一ないし五及び原告本人尋問の結果によると、本件交通事故により原告は前頭部挫創及び両下腿の打僕による傷の各傷害を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  成立につき争いのない甲第二ないし五号証及び原告本人尋問の結果によると、原告車は南北に通ずる幅員約五・六メートルの道路を時速約三〇キロメートルで北進し、被告車は東西に通ずる幅員約五・三メートルの道路を時速約四〇キロメートルで西進して本件交差点に至つたものであること、被告車進行道路には交差点手前に一時停止を命じる道路標識があるが原告車進行道路にはそれがないこと、本件交差点の周囲は田で両車間に相互の見通しを妨げるものはなかつたこと、原告は右交差点の約一〇〇メートル手前から左斜め方向に被害車が進行して来るのを認めていたが、同車の進路に前記一時停止の道路標識があることを知つていたため被告車が当然一時停止するものと考えていたこと、被告車進行道路は直線状態で見通しも十分に効くこと、以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三  以上の事実によれば、被告は、本件事故につき一時停止を命じる道路標識の表示に従わないで本件交差点に進入通過しようとした注意義務違反の過失があり、原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

四(損害)

(一)  本件交通事故により原告が六六〇〇円の入院雑費相当の損害を被つたことは、当事者間に争いがない。

(二)  請求原因(六)項(2)の(イ)の事実は、当事者間に争いがない。

原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時、家庭の主婦として夫及び幼い三人の子の世話(子の内二人は保育園に通園しているため自動車運転による送り迎えを含む)など家事に従事していたほか、内職により月平均五、六万円の収入を得ていたこと、本件事故直後に入院して一一日後に退院したのち、傷の治癒状態の確認を受けるため一回通院しただけであること、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実に負傷状況を併せ考えると、原告は、本件事故の結果入院一一日間を含め半月間休業を余儀なくされ、同年齢の女子平均賃金一か月一一万四九〇〇円の半額五万七四五〇円相当の損害を被つたものと認めるのが相当である。

(三)  前掲甲第六号証の一ないし五、成立に争いのない乙第一号証の一及び二並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告の頭部に受けた傷による争いのない瘢痕は、縫合の跡が線状に毛髪が生えない状態で残つたものであり、前頭部の毛髪を自然のままに後方に上げて額を露出すると、意識的に観察する他人には容易に発見できる程度の傷跡であるけれども、有毛部範囲内のため、髪形に工夫をして整髪しておくならば頭髪内にかくすことができる程度のものであり、自賠責保険の後遺障害認定においては該当しないものと判定されていることが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右傷跡の状況と原告が三〇歳未満の女性であることを勘案すれば、右瘢痕は自賠責後遺障害等級一二級の「外貌の醜状」に該る程のものではないが、常に整髪を要し髪形を制限される障害である以上、これによる精神上の損害は慰藉料をもつて償うべき損害と認めるに妨げない。

原告が本件交通事故により頭部の縫合を要する傷その他の負傷をし入通院加療をしたこと、前記後遺障害があること、その他事故による精神上の損害に対する慰藉料額は、諸般の事情を考慮し金六〇万円をもつて相当と認めるべきである。

五  被告は過失相殺を主張するけれども、被告車が道路標識に従つて一時停止をしたならば本件事故の発生を避けることができたものであることは、前示の事実関係に徴し明らかであるところ、原告は、被告が右標識に従わない違法の運転をすることなく一時停止をするものと信頼して原告車を進行させたのであるから、過失があるとはいえず、右被告主張は理由がない。

六  よつて、被告に対し、不法行為による損害の賠償として、前記損害額合計六六万四〇五〇円から、原告が自認する損害補填額一一万一二四〇円を控除した残額金五五万二八一〇円及びこれに対する不法行為後であり本件訴状送達の翌日たる昭和五五年七月一八日以降の民法所定遅延損害金の各支払を求める限度において原告の本訴請求は理由があり、これを正当として認容すべく、その余を失当として棄却すべきものとし、民訴法九二条但書、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊惺)

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